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最高裁判所第二小法廷 昭和56年(オ)1246号 判決

上告人

甲野太郎

(仮名)

右訴訟代理人

崎間昌一郎

渡辺哲司

被上告人

京都府

右代表者知事

林田悠紀夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人崎間昌一郎、同渡辺哲司の上告理由書(一)及び(二)の各上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係のもとにおいて、京都府警西陣警察署警察官らによる上告人の逮捕とそれに引き続く身柄拘束には過失があつたとは認められないとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、いずれも採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(宮﨑梧一 木下忠良 鹽野宜慶 大橋進)

上告代理人崎間昌一郎、同渡辺哲司の上告理由書(一)記載の上告理由

原判決が本件誤認逮捕について被上告人側に過失がなかつたとするのは、以下に述べる如く経験則に違反し、又、審理不尽をも併うものであつて、この違法は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背である。

第一

一、原判決は、本件逮捕理由につき、すなわち上告人に被疑事実を犯したものとするについて相当な嫌疑があつたことを肯定する理由について、ほとんど一審判決のその部分を引用しているのであるが、まとめると次の五点に要約できる。

(1) 加害車両の所在について、上告人は捜査官の質問に対し、嘘を交えた曖昧な返答を繰り返し単に捜査に非協力的な態度を示したというにとどまらず殊更真実を隠そうとする不信な様子が窺えたこと。

(2) 加害者は事故現場付近に土地勘があるものとみられていたところ、上告人店舗がその近くであつたこと。

(3) 事故直後の警察官の上告人に対する印象と直接加害者と対話している被害者らの述べた加害者の容貌の特徴・年令や酒気を帯びていたことなどの諸点に近似性があること。

(4) 被害者の写真面割の結果、加害者は上告人に間違いない旨の確信的断言があつたこと。

(5) 逮捕時においても、被疑事実を否定し、警察官に反発するだけで嫌疑を解くための努力をしなかつたことは、被疑事実を否定し、逮捕を免れ証拠を隠そうとしていると判断されてもやむを得なかつたこと。

しかしながら、これら嫌疑理由は証拠を検討すれば全く合理的な根拠をもつたものでなく、経験則に違反する判断であることは以下のとおり明らかである。

二、前記(1)の嫌疑理由について

原判決も引用する一審判決は、加害車両が上告人所有のものであるから当然その所在を知つているものと考えるのが通常であり、又、他に管理者があるとすれば簡単な調査により容易に知り得たのにこれを明らかに上告人はしなかつたというのである。

しかしながら、このような推測は全く根拠のないものである。まず、明確なかたちで加害車両の所在についてたずねられたのは、事故翌日の午前七時五〇分頃中原巡査の電話による「その車は今ありますか」の発問によつてであるが、上告人はこれに対し「車は、仕事場が五、六ケ所あるので、今どこにあるかわからない、三〇人もいるし誰が乗つていたかそんな事はわからない」と答えているのである(甲三号証の五)。事実、上告人には当該車両がその時車庫内には存せず、どこにいつているのかわからなかつたのであるから、そのように答えるしかなかつたのである。

成程、上告人は前夜比護からの電話を受けているのであるがその電話の際詳しくは後で会つて話しをする旨の内容であつたため、未だ充分な確認を得ていないこともあつて、その点については何も述べなかつた。従つて、この問答の中には上告人は一点も虚偽の事実はないのである。

なお、加害車両の警察とのやりとりに関しては、事故当夜、パトカーの警察官と上告人との間の問答があり、このときグリーン色のバンの所有の有無が問尋られているのであるが、この時点においては上告人自身事故のことは全く知らないのであるから、全く車両名のとり違え(バンかバスか)によるものであり、虚偽といえるものではない。

さらに、事故翌朝の先の電話においては、中原巡査の「この車を昨夜運転していた人にこの車をもつて八月五日に出頭してほしい」という要請について(甲三号証の五)、上告人は了解しているのである。中原巡査自身、二日位の余裕があれば所有者として車の所在がつかめるだろうと考え、八月五日という出頭日を指定したというのであるから(同人の証人調書)、中原巡査も、当時、車両の所在について二日間位はかかるだろうと考えていたことを裏付けるのであり、即座に判明することを期待してはいないのである。この意味で一審判決の捜査官としては即座に判明するはずであるという考え方をもつていたという前提判断からの上告人への嫌疑の根拠付けは全く理由がない。又、この電話のやりとりのなかで、上告人は加害車両の所在と加害者の捜査について協力を約束し、出頭させることまで約束しているのである。したがつて、この経緯のなかには、上告人が本件捜査に対し非協力的であり、反発をしていたことは一つもないのである。

むしろ、真実を直視するならば反発を誘つたのは警察のその後の行動にあつた。

すなわち、先の電話の直後にあたる午前八時二五分、同じ中原巡査が上告人宅へ赴き、「京四ろ三六九二の車両があれば見せてほしい」と述べ、車の確認をしようとしているのであるが上告人としては昨夜も車庫内を捜査し、該当車両がないことを確認し、更に当日も約三〇分余り前に車が今ないことを述べ、車両が今あるはずもないのに車両を見せよと述べ、あたかも上告人が先の電話で嘘をついていたのではないかといわんばかりの行動に出たため、上告人は怒ることとなつたのである。

一審判決や原判決が、右の上告人の行動をとらえて、不信な態度という判断をするとすれば、極めて一面的な見方といわなければならない。上告人のこのときの怒りは、むしろ先の電話での協力約束が真実なものであつたからこそ一層怒ることとなつたのである。勿論、右協力約束によつて全ての捜査活動が中止されるべきものとは考えないが、しかしながら、より急ぐ事情がその後発生したというなら(本件では単に上司の意見にすぎないが)、その点を述べ一層協力を要請する手段がとりえたものである。この点において、上告人がとつた反発は、全く被疑者と考えなくても理解しうる態度であつたといわなくてはならない。

三、前記(2)の嫌疑理由について

右事実は成程上告人と結びつけるものであつても、その嫌疑を上告人だけに限定して関連づけられるものではない。上告人方には、何台かの車両が存在することは捜査当初から判明していたことであり、そのことから上告人方の車両は上告人だけでなく、多数の従業員が運転していることは自ずと明らかでありこれら従業員への嫌疑とも結びつくのであつて、一人上告人だけに限定される根拠とはならない。

さらに、上告人宅と本件事故現場とは一審証人佐田健三警部補は、車両での所要時間は五、六分と証言しているのであるが代理人の調査によつてもこのように短時間で走行することは不可能である。上告人自身の実験結果によれば、車両を運転し、該車両を近くに隠し、更に着替えの時間まで含めるならば、優に二〇分以上を必要とし、上告人がパトカーの運転手と応対すること自体経験則上不可能なことが判明している。上告人は、更にこの事実を明確にするため、原審弁論終結後この立証を求め弁論の再開を申出たのであるが、原審はこれを全く無視したのである。この点において経験則違背の判断があるとともに併せ審理不尽の違法がある。

四、前記(3)(4)の嫌疑理由について

(一) 加害者の容貌の特徴・年令等の上告人との近似性という事実自体むしろ証拠上疑わしいものである。

まず年令については、被害者水口は四五、六歳と述べているが(甲三号証の三一)、パトカーの警察官は上告人の年令を五五歳位と推定しており(甲三号証の三)、そこには一〇歳位の差があるのである。又、顔の特長も被害者水口は普通の長髪というのであるが、実際の上告人の髪はオールバックであり、額は禿げあがつており、全く異なつているのである(甲三号証の四三添付写真参照)。上告人の一見した顔の特徴ということになれば、髪のオールバックと額の禿げあがつた広さをいうと捜査官は考えるべきであるが、被害者水口にはこのような供述は一切ないのである。単に丸顔で髪は普通というのであれば、何もその特徴について語つていないに等しい供述である。

この点原判決は一審理由に加えて、右五、六歳の年令の誤差は当然であるとし、又、オールバックも珍しい髪型ではないからその点を警察官が確めなかつても手落ちといえないと判示している。

しかしながら、年令の誤差は五、六歳ではなく一〇歳であり、オールバックも決して普通の髪と表現しうるものではないこと経験則上明らかであるから、当時警察官自身が被害者水口が目撃した加害者と上告人の結びつけに疑問をもつべきであり、被害者の目撃者と一致するかどうかを確認するための最後のつめとして、上告人の顔の特徴を既に現認している警察官が、額部分の禿げあがりの有無、髪の型について、被害者に再度確認すべきであつただろう。特にこの場合、写真面割の写真そのものが二〇年前のものであればなおさらである。

(二) 被害者水口の写真面割りによる上告人の特定については、二〇年前の写真を利用してその面割りを行つているのであるが、同一人物であつても、上告人の場合一見した容貌は、甲三号証の四三添付の写真(本件逮捕時のもの)と検乙一号証の写真(逮捕前の面割りに使用されたもの)とは全く異なることは一目瞭然である。特に額の広がり、髪形ち、頬のふくらみ等が異なつており、一見したときの特徴による同一性の確認はかなり困難といわなくてはならない(二つの写真を比較しての特徴の同一性の確認とは異なる)。特に被害者水口は、加害運転手の顔の特徴として、髪の部分を指摘しているが、この部分は全く異なつているのである。

おそらく、上告人の顔の特徴を一見して印象づけるものとしては、額の特徴の髪のオールバックをあげると思われるのに、被害者水口はこのような指摘は一切していないところから、この面割りに不信感をもつべきであつた。

又、被害者水口は加害者の顔の特徴として丸顔と述べているが、目撃者坂本は細面もての顔と述べ(甲三号証の三八)両者にはくい違いがあつたのである。事実、本件加害者は細面ての顔であつた。従つて、更に右目撃者坂本に対して、上告人の顔の特徴について確認すれば、上告人と一致しないことが判明し得たと思われる。

更に又、上告人は免許条件として眼鏡の使用が義務付けられており、特に本件のように夜間の運転であれば、もし上告人が運転しているとすれば眼鏡を使用していた可能性がある点で、この点の調査をすれば一層上告人と本件加害者との結びつけは薄れたこと明白である。この点についても原審において、より明確にするためその立証を求めたのであるが、これを無視したものであり、審理不尽の違法を免れないものである。

五、前記(5)の嫌疑理由について

一審判決は逮捕時の反発がかえつて嫌疑を高めるかの如く述べるが、身に覚えのない人間が逮捕されたとき、反発するのは当然の事理であり、この論理は理解に苦しむ。しかも、上告人は単に否認するだけでなく、アリバイの主張をし、更には被害者との対決を毅然と述べているのである(甲三号証の四四)。上告人は明確に嫌疑を解くための供述をしているのである。

又、逮捕され、警察に連行されるに際し、従業員に対し、加害車両の調査の依頼までして出ていつているのである(甲三号証の四二)。

一審判決は、従業員比護が被疑者であると上告人は供述すべきであつたとし、それをしなかつた上告人の態度を責めているかのようであるが、そこまでしなくても自分の嫌疑のないことは明らかであると考えたし、又、比護が被疑者であると断定できないもので、それを言えなかつた上告人の真情を理解すべきである。特に、事故直後の電話のなかで、詳しくは明日話しをすると述べ、それ以上事故のことについて逮捕まで比護と話しをしなかつた状況のもとでは、しかも従業員であり、食事も上告人宅で行つていた比護を信頼すればこそ、何かあるのかもしれないとして、もう一度確認してからでないと比護の名前をあげることができないとした上告人の心理も十分理解できるところである。

ところで、本件逮捕は誤認逮捕であること明らかとなつた事案であるが、このような誤認逮捕において、誤認逮捕に対する被逮捕者の反発をもつて更に一層嫌疑が加重するという考え方は、本来嫌疑そのものを立証する責任を負う警察側が、これを被逮捕者に転嫁しようとするものであり、到底納得できるものではない。

六、以上述べたとおり、一審判決が判示し、原審が付加引用する本件逮捕理由たる相当な嫌疑の存在については、未だ満たしているとはいえないにかかわらず、これを肯定した判示そのものは、経験則に明らかに反した判断であり、又、本件事故現場から上告人宅への所要時間及び上告人の免許条件等に照らせば右嫌疑の存在は一層薄れるにかかわらず、この点の審理を行わず判示すること自体審理不十分なものとして、審理不尽の違法は免れないものである。

しかも、右違法は明らかに判決に影響を及ぼすものであるから、原判決は破棄されるべきである。

第二

原判決は、本件逮捕の必要性について肯定する判示にあたつても、一審判決のその部分を引用しているのであるが、これは明らかに刑事訴訟規則一四三条の三の解釈及びその適用を誤つたものである。

一、原判決が引用するこの部分の一審判示は、上告人が捜査に極めて非協力的な態度をとつたことからすると、上告人が加害車両を修理するなどして罪証隠滅をはかるおそれは十分に認められたから、逮捕の必要性は認めることができるとしているのである。

二、逮捕について、単にその理由だけではなくその必要性をも要求されることは刑事訴訟規則一四三条の三において明示されているところである。この場合、逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがあれば即その必要性が肯定されるということではなく、逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれがないとはいえないが、被疑者の身体の自由を拘束してまで取り調べることが、健全な社会の常識に照らして明らかに不隠当であると認められる場合もその必要性がないものと理解されている(例えば、横川敏雄、刑事訴訟規則の一部を改正する規則について、法曹時報五巻一〇号)。

三、ところで、加害車両については目撃者の柴田ミエ子が、目撃当時メモし、京四ろ三六九二であつたことは確認されているのであるから、既に特定されており、たとえ、修理等がなされても当該車両の加害車両であることの否定まですることは極めて困難な状況にあつたことが経験則上推認される。この点、一審判決は、柴田のメモが京四ろ三六九?で最後の番号は不明であつたかの如く事実認定を行つているが、甲三号証の四、同三号証の六、同三号証の七の各証拠を総合すれば、柴田は、助手席にいて、加害車両を追走中ダッシュボードからメモをとり出し加害車両のナンバーを京四ろ三六九二と確認しメモし、それを当初に警察官に示したことが認められ、最初から加害車両のナンバーは特定されていたことがわかる(被害者水口は、加害車両ナンバーの最後の番号がわからなかつたのであるが)。

従つて、加害車両のナンバーが完全に判明している以上、当該車両の確保の必要性もそれほど緊急性を要するものとは考えられない。

又、本件事故そのものは、被害者も本件事故に逮捕者が出ようとは考えていなかつたと卒直に述べるように(一審水口証言)被害者の側からみても軽微なものであり、本件捜査を担当していた中原巡査さえ(警察官歴約二〇年)、事故後二日位の余裕をおいた日時に出頭を上告人に要請している位なのである。

これらの点を総合するならば、緊急逮捕の必要性は全くなかつた事案であるにかかわらず、これを肯定した原判決は、逮捕の必要性を定めた刑事訴訟規則一四三条の三の解釈を誤つたかもしくはその適用を誤つたものである。

上告代理人崎間昌一郎、同渡辺哲司の上告理由書(二)記載の上告理由

一、上告理由第一点

原判決には判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈、適用を誤つた違法がある。

(1) 原判決は「西陣警察署警察官らによる逮捕当時、上告人を被疑事実により逮捕するに相当な嫌疑があつたものと認めるのが相当である」から、同警察官らによる「上告人の逮捕とそれに引続く身柄拘束には過失があつたとは認められない」旨を判断しているけれども、原判決は、国家賠償補償法一条一項の趣旨を誤つて解釈した結果、右判断にいたつたものであり違法である。

(2) 国賠法一条にいうところの、公務員の「過失」の存否の判例は、「一応の推定の理論」の採用の上に立つてなされなければならない。この理論は、(言及するまでもなく)、すでに証された事実又は争いのない事実が、事物の通常の成行きに従えば故意・過失の存在を推定させるに足りる蓋然性を与えていると考えられる場合には、むしろ、国又は公共団体側の方で間接反証を挙げてこの推定を覆元させなければならない。

もし、そうしないと、立証された事実から過失があるとされる、とする理論である。

この理論を採用して「過失」の存否を判断するのでなければ、被害者の救済と完全なる損害填補を企図する国賠法一条の目的を達つすることはできないのである。

(3) そして、その理論を採用した場合でも大切なことは、国又は公共団体側の反証をどう評価するかである。すなわち、裁判所が、たやすく反証を採用して国家賠償責任を否定すなわち、結局のところ一応の推定の理論を採用しなかつたと同じことになつてしまう。

従つてその反証の程度の評価に当つては、裁判所は、これを厳格になすべきものである。

本件とのかかわりで述べれば、一定の要件のもとに国民の身体の自由という、憲法で保障された基本的人権を制限する機能を有する警察官の権力行使が問題となつていること、更に、警察官は、その権力を行使するに際しては、自ら与えられた機能の重大性の故に、高度の職務上の注意義務のあることを最重要視点として、被上告人の反証の程度が厳格に評価されなければならない。

(4) 原判決は、西陣警察署警察官が、上告人を本件被疑事実により逮捕するに相当な嫌疑があると認めたのは相当であつた、と判断しているけれども、右(3)の視点から被上告人の反証の程度を勘案するならば、原判決とは反対の結論になるべきものである。

即ち、当時警察官としては、逃走した被疑者(加害者)を捜し出し特定することが最大の捜査目的であつたところ(その余の被疑事実については水口静栄らを通じて捜査ずみであつた)、その被疑者の特定については、一歩誤つた場合の人権侵害の重大性との関連から、特に慎重さをもつて、かつ蓋然性の高い証拠にもとづいてなされなければならないことは言うまでもない。

しかるに、西陣警察署警察官らは、加害者特定の方法として、被害者水口が写真面割の結果加害者は上告人に間違いない旨確信的に断言したことを最重要資料として、上告人を加害者と特定したものである。(原判決が警察官らに過失がなかつたとして引用する第一審判決二七枚目裏二行目以下の他の事情は、加害者特定の方法としては、極めて不十分といわなければならない)

ところで、その写真面割りも、上告人の顔写真一枚だけでありまた本件事故当時から二〇年も以前に撮影されたものを使用しているのである。しかも被害者は、加害者と夜間街燈のみえにくいもとで極く短時間話しあつたにすぎず、その場においてさえ加害者を十分識別しえたとは考えられないのであるから、加害者をそのような写真で識別することは、ますます困難であることを、警察官において十分予測しえたはずである。通常本件のような場合に警察官が、加害者を特定しようとするには、右のような写真面割りによるのではなく、被害者や他の目撃者(本件でいえば坂本ふみ子や柴田ミエ子、奥田裕代など)を直接同行して、直接面割の方法をとることが当然であると思われるのに、警察官らはそれを全く行つていないのである。

右の諸点を考慮し、警察官に高度の職務上の注意義務のあることを併せ斟酌するならば、被上告人の反証は尽されたとはいえず、警察官に「過失」があつたと判断されるべきものと確信する。

よつて、原判決は、破棄されるべきである。

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